高校を卒業して以来、僕が地元を離れているせいもあって音信不通となっていた友人から、突然連絡があった。

彼は電話越しにつぶやく。「…えらいことになってしまったけん、ちょっと出てきてくれん」と未だに訛りの抜けない彼の声は弱弱しく震え、ただならぬ事態であることは明らかだ。中学生の頃から大仁田厚に心酔し男気を貫く事を信条としている僕はすぐさま彼の助けとなるべく、TVを消し、歯を磨き、寝癖を整え、夕飯の残りにはラップをかけ冷蔵庫にしまい、火の元を点検し、飛行機に飛び乗った。

故郷の街はいつもの年と同じように雪が積もっていた。でも、この地方都市自体は変わらないように見えて変わり続けており、その違和感に僕は不覚にもセンチメンタルな気持ちになり、ほろほろと涙をこぼしつつも彼の呼び出したスーパーマーケットへと向かった。

店内に入り、野菜の高騰に驚愕し、それに比べてえのきたけの妙に安いことに感心し、ふと我に返り、本来の目的を果たすため目に付いた店員に事情を話すと、彼女は怪訝な表情をしながらも僕を事務所へと通してくれた。

その事務所は、蛍光灯が黄色くなるほどタバコの煙で充満していた。友人は部屋の中央に置かれたテーブルに店長とおぼしき男性(スーパーの店長は大体ガタイがいいので見当がつくのだ)と向かい合う格好で座っていた。店長は僕を一瞥し、言った。
「あんたが身元引受人かね」
「いや、事情がよく掴めていないのですが」
「万引きだよ、万引き」と店長は口の端を醜く歪めるように言い放った。友人は俯き、顔をそむけた。
僕は驚きを隠せなかった。すると、店長は側に置いてあった何かをどんとわざとらしく大きな音を立てて、テーブルの真ん中に置いた。
「まったく、子供じゃあるまいし、学生さんがこんなものを万引きするとはね」


――ここで一度目が覚める――


「と、とにかく、お金ならお支払いしますから、なるべく穏便に」
と財布を取り出そうとする僕を制止し、店長は言った。
「いいか、こういうことは金の問題じゃないんだよ。品物は買ったことにしてこいつを自由にしちまうのは簡単だ。でもな、万引きというのはたちの悪い癌と同じで一度万引きしたやつは必ず再犯するんだよ」
「じゃあ、警察に引き渡すという事ですか。それだけは見逃してやってください」
「見逃す事はできないな」
「そんな!なんでもしますから!」
店長の眼の奥がぎらりと光った


――ここで、おしっこがしたくなって再び目が覚める――


僕は店長の要求どおり、友人に対して「愛の行為」を示す事となった。緊張からか疲弊しきっていた彼は、僕と店長との長いやりとりに耐え切れず、眠りこけていた。それはまさに天使の寝顔だった。僕は、その眠れる天使に対して「愛の行為」を・・・
だが、これは友人を助けるためなんだ。覚悟を決めろと自分に言い聞かせ、僕は眠る彼の頬を平手で思い切り打った。

彼の頬が流血に赤く染まると店長はようやく僕らを解放してくれた。外に出ると、重い雪雲が割れ夕暮れの太陽がのぞいてい、西の空もまた赤かった。


こういった男気の通し方というのはなんだか21世紀的ではないな、と最近では思っている。